柚富の郷 彩岳館

柚富の郷 彩岳館 ー 水の記憶をほどく、静寂のスイート

□プロジェクト概要

由布岳の裾野に広がる湯布院盆地。そのなかでも、由布岳を正面に望む絶好のロケーションに佇むのが、老舗旅館「柚富の郷 彩岳館」です。本プロジェクトでは、旅館内にある「萌葱の棟」の一部客室、食事処、そして大浴場エントランスの改修設計・監理を担当しました。

 

□設計の視点

設計の起点は、千年を超えて万葉集に詠まれた「木綿(ゆふ)の山」や、宇奈岐日女(うなぎひめ)の伝説。湯布院盆地はかつて湖であり、その湖を干拓し、人々が住める土地に変えたのが、霊峰・由布岳の化神とされる宇奈岐日女(うなぎひめ)だという神話が語り継がれています。また、由布という地名の語源のひとつに、楮(こうぞ)の繊維で織られ、かつて神事の際に捧げられた布、木綿(ゆふ)があります。これらの由布という土地の物語的な地勢に立ち返り、「水」と「木綿(ゆふ)」といった土地の記憶を空間全体に編み込んでいきました。

また、「彩岳館」は由布岳と宇奈岐日女神社を結ぶライン上に位置しています。由布院盆地の風景を象徴する由布岳を存分に感じられるように、建物の開口部や視線設計など、細部にわたり丁寧に設計しました。

 

□空間ごとの設計と工夫

客室で改修設計に携わったのは、「萌葱の棟」の一角にある4室。2室ずつを大胆に統合し、それぞれ1室に。広やかな半露天風呂付ラグジュアリースイートへと生まれ変わりました。最大5名まで宿泊可能なこの客室は、フローリングの居間と琉球畳の和室、ベッドルームがゆるやかに繋がる和洋折衷の構成です。由布岳を望む壁を大胆に開口し、大きな窓から山の稜線と空が溶け合うピクチャーウィンドウを設えました。壁や建具の素材には、由布=木綿(ユフ-コウゾに由来する素材)の語源を手がかりに、和紙や織物的素材を用いて、湯布院盆地に積層してきた時間と自然の気配を感じられる設えを随所に取り入れました。夜の水面を思わせる壁や、青い粒を混ぜたテラゾーのテーブルなど、かつてこの地が湖であったという水の気配を忍ばせています。

既存のバルコニーを撤去して整えた窓際の空間は、「縁側」を再解釈して設えました。居間とは床材や天井の高さ・仕上げを変え、従来の縁側のように室内からの外の眺めを遮ることなく、縁側でくつろぐ体験をたしかに感じさせる空間をつくり出しています。

客室内に新設した浴室は、構造補強と防水を丁寧に施した上で、浴室からも由布の絶景を楽しめるように由布岳側に大開口の引戸を設けました。スイッチ式の遮光ガラスを採用し、入浴中のプライバシーを確保しつつ、入浴の時間以外で湯船の湯の揺らぎまでもが風景の一部として溶け込むように創り上げました。

 

食事処は、改修以前はオープンタイプのテーブル席でしたが、宿泊客がゆったり過ごすことを想定し、テーブル席の個室化を行いました。テーブル席は6人席・4人席・2人席と、宿泊客の利用人数に合わせて利用ができるよう、個室にもバリエーションを設定しました。個々を仕切る間仕切りは、可動式とすることで、最大12名の団体宿泊客の利用が可能です。既存の仕上や家具などの設えを受け継ぎながら、新たな個室客席へと改修を行いました。

 

大浴場のエントランスでは、宿泊客が最初に目にする壁面の情報整理・再構築を行いました。案内板として機能していた壁面は、最低限必要な情報を残し新たにサイン計画を行いました。既存の壁面には、静かに波打つ水面のような和紙の壁と、飾り棚を設け、温泉に入る前の〝あわい〝として再編しました。一輪の花や季節の枝ものを飾る床の間のような“余白”が宿泊客を静かに迎えます。

 

□おわりに

1000年以上前の人々が、由布岳の稜線に思いを重ねていたように、今を生きる私たちもまた、この風景に何かを思いながら、この地に立ちます。

「彩岳館」の改修設計では、由布という地の過去の伝承や歴史を読み解きながら、素材の手触りや光の揺らぎ、視線の抜けといった、些細なものの積み重ねによって生まれる、訪れる人が自らの時間をゆったりと紡いでいけるような空間を模索しました。建築が風景に応答し、旅の記憶の一部となっていく。そのような空間を、これからも一つひとつ、丁寧に編んでいきたいと思います。

 

DATA
所在地:大分県由布市湯布院町川上
主用途:旅館
構造・規模:鉄骨造,木造
延床面積:540.22㎡程度
改修延床面積:207.35㎡
竣工:2024年2月
写真: adgraphy

WORKS一覧へ

Contact

なんでもお気軽にお尋ねください。
就職やインターンシップに関するお問い合わせもこちらからどうぞ。

チェックを入れてください